ここは酬恩庵、別名一休寺と呼ばれる臨済宗のお寺さんである。
一休さんが晩年、生涯過ごしたことから、
鎌倉期の禅の道場であった妙勝寺を再興し、「酬恩庵」と命名した。
一休さんとは、あのテレビアニメソング‘好き好き好き・・・’のあの一休さんである。
庫裏
虎丘庵
応仁の乱を避けるため、この地に引越しし、
一休さんよりも40歳も若い盲目の女性、森女と生活をともにした住居である。
このことは、『狂雲集』に赤裸々に書かれている。
一休さんは82歳のとき(文明七年 1475)、この住居の横に自分の墓所を建立している。
菊御紋から覗けば、
御廟所(墓所)
一休さんは後小松天皇のご子息であったため、この所は宮内庁の管理になっている。
(八十八歳没)
方丈の唐門
方丈、庫裏、浴室は、慶安三年(1650)に再建されている。
唐獅子
桐に鳳凰
方丈の蟇股
菊
方丈の庭園
襖絵
狩野探幽筆(レプリカ)
御廟所の鬼瓦
ワニのような顔をしている、当初のもの?
正面 本堂
開山堂
中央の石造は一休さん
さて問題、
「このはし わたるな」
どうやって渡ればよいだろうか?
もうお判りですね、
橋の真中が白ポイです!
庫裏にあった藤井雅一筆の虎の衝立
浴室
このころの浴室は湯舟でなく、蒸気で蒸すお風呂。
現代風のサウナだけれども、湯釜で沸いた蒸気をめぐらすため、
そんなに高温にもならなかったようである。
オシドリ
‘20世紀の森’にある石仏